車の修理で重宝されている仕事人がいる。「デント・リペア」。ボディの凹みを小道具だけを使って元通りにする技術。39歳、新しい型の職人が、ユーザーやディーラーのこだわりに応え、腕ひとつで勝負する。

買い物をしてマイカーに戻ってみたら、ゲッ!、ドアが凹んでいる!

 全部で三ヶ所、ゴルフボール大。板金修理をするほどでもないが、そのままでは見栄えが悪い。。なんとかできないか。

 「ああ、これなら簡単に元にもどせますよ」。渡辺晋さん(39歳)は診断一発、迷いもなく請け負った。

 仙台市若林区東卸町、渡辺さんは、倉庫や工場が並ぶ一角で「デント・リペア」の看板を揚げる。直訳すれば「凹み直し」。噂を聞いて記者は、愛車を持ち込んだ。

 店はがらんとしたガレージ一つ。整備工場のような大掛かりなジャッキや機材は見当たらない。こんな設備で本当に直せるのか。半信半疑のまま、翌日車を取りに行くと…。凹みが消えている!見た目にドアは、新車同様の表面に戻っていた。

 こちらの驚きを横目につなぎ姿で淡々と修理個所を示す渡辺さん。クールな仕事人も腕に感服した。




渡辺さんの仕事振りを見せてもらった。使う道具は、大きさや形がさまざまな約30種類の金属棒。

棒の先を凹んだ場所に裏側から当て、押す。次にボディ表面に金属板をあて、板の上から、凹みの周囲をかなづちでたたく。理屈は意外と単純だ。

 素人でもできそうに思えたが、「凹みを戻すポイントを見極めないと、逆に凹みがひどくなります」と渡辺さん。

かなづちでボディをたたく作業は「傷が付くのでは」と心配したほどだったが、それも「再塗装した場所でなければ大丈夫」とあっさり。

押す、たたくの作業は実に一時間も続いた。その時点で凹みはすっかり消えたように見えたが、「まだまだ」と渡辺さん。そこから仕上げ作業が始まった。縦横斜め、車の周りを頻繁に行き来し、あらゆる方向から修理個所に視線を走らせる。凹みに至らない小さなゆがみを見つけては、また押し、たたく。

 「一度気になると二時間や三時間かけることもあります」。職人としてのこだわりが仕事を支える。




渡辺さんは国産ディーラーの元整備工。「最近の車は電子化が進み、整備工の腕が振るえる仕事が少なくなった」と見切りをつけ、10年前に「デント・リペア」の世界に飛び込んだ。

 「欧米で生まれた技術。まだ日本では知られていない分野だが、好きな車の世界で腕ひとつでやっていける点が魅力でした」埼玉県の「デント・リペア」技術指導会社で技術を身に付け、8年前に独立開業した。

 埼玉県の会社から育った技術者は全国で「70人」。同様の指導会社はほかにも数社あるというが、「デント・リペア」の看板をあげる技術者はまだ少ない。

 資格はなく、実績と評判だけが頼り。 渡辺さんのガレージには、月平均60台の車が持ち込まれる。顧客の八割は中古車ディーラーから。ひょうで被害を受けた新車が大量に持ち込まれたこともあった。

 「金額がかさむ板金修理よりも手軽」お客さんの満足感も高く、 渡辺さんのような技術者の利用価値は高い」と、定期的に修理を依頼している仙台市内のある国産ディーラー。見栄えを大切にする車販売の最前線で、「デント・リペア」の技術は頼りにされつつある。

 「出来栄えが良くなければ、 「デント・リペア」全体の評価も落ちます。だから中途半端は駄目。妥協せず、納得のいく仕事をしていくしかない」。渡辺さんの挑戦は続く。


このレポートは1999年9月9日発行の河北新報夕刊『街いま』に掲載されたものを編集したものです。